「現在60歳です。父から相続して農地を1ha所有しております。2人息子がいますが、両方とも関東圏で住んでおり、戻ってこないと思います。万一戻ってきたとしても農業はしません。
現在は地域の営農組合に農地の利用を委託しております。営農組合の人は全員70代で後継者もいないそうです。」
「営農組合ではこの後数年で農業はできなくなるかもしれないので、農地をそのときに返すので考えておいてほしい」と言われました。
「私も農業はできません。田んぼをどうにかしたいのですが、どうすればよいのでしょうか。」
このような悩み農地処分はなかなかむずかしい問題です。
現在農地を貸しているのであれば、できるだけ継続することです。
賃貸契約であれば金額を安くしてでも継続して下さい。
使用貸借(無償の貸付)場合は管理費を一部負担してでも貸付を継続するべきです。
その間に、売却や無償譲与できる相手を見つけましょう。
私は今年(2020年)3月で37年間勤めていた市役所を定年退職しました。
農地の許認可事務をおこなっている農業委員会には10年程、在籍していました。
そのような経験から農地の処分について説明します。
結論を先に言っておくと現状ではこうすれば解決できる単純な方法はありません。
まずは、耕作者・隣人・不動産業者・農業委員会などと良好な関係を築くことです。現在農地を賃借しているのであれば、できるだけ継続していき、その間に所有権移転できる相手を探しましょう。
どのような処分方法があるのか?
基本的には以下の4つの方法があります。簡単に言えば売るか、貸すかです。
- 農地として売却(所有権移転)
- 農地として賃借権設定(利用権設定)
- 農地として使用貸借権設定
- 農地以外の目的で売却・賃貸(農地転用)
1.農地として売却(所有権移転)
農地を農業目的として売却する方法です。
農地法第3条や農業基盤強化法に基づく売却になります。
ポイントは農業目的ですから譲受人は農業者に限られます。
相手と契約協議する前に市町村農業委員会と事前に相談して下さい。
ケースによってはいろいろな条件があるためです。
農業委員会は役所内にあります。
不動産業の方は譲受人は農業者に限るという点を、見落とされることがありますから注意しましょう。
2.農地として賃借権設定(利用権設定)
「農地法第3条」によるもの、「農業経営基盤強化促進法」によるもの、「農地中間管理事業の推進に関する法律」によるものがあります。
それぞれの法律の目的が違うため条件も変わってきます。
詳細な点は農地の属している農業委員会と相談して下さい。
3.農地として使用貸借権設定
無償で農地を貸す場合です。
「農地法第3条」、「農業経営基盤強化促進法」、「農地中間管理事業の推進に関する法律」による場合があります。
手続きは2と同じです。
4.農地以外の目的で売却・賃貸(農地転用)
農地を農地以外に転用して売却する方法です。
「農地法第5条」の農地転用による売却になります。
「農地法第5条」は所有者以外の者が所有権移転、賃借権設定を伴って農地を転用する場合です。
スパーマーケットを建設する、工場用地を造成する、住宅地を造成する、などです。
相手と契約協議する前に市町村農業委員会と事前に相談して下さい。
ケースによっては農業振興地域の整備に関する法律による農業振興地域除外願い(農振除外)の手続きが農地転用申請の前に必要になることがあり、許可まで6ヶ月以上係ることがあります。
事業計画を大幅に変更しなければいけないことが生じることもありますので注意して下さい。
だれに相談すればいいのか?
基本的には関係者全員に当たりましょう。
以下の方が関係者になります。
相談するだけではなく、関係者と良好な関係を築きましょう。
後々よい情報が入り、処分できる可能性が大きくなります。
- 耕作者
- 隣人
- 不動産業者
- 農業委員会
- 農業委員
- 行政書士
- 農協
- 農地中間管理機構(農地バンク)
耕作者
現在農地を貸しているのであれば、賃借人が耕作者です。まずは耕作者に買ってもらえないか、継続して借りてもらえないか相談してみましょう。
今回の例のように耕作者が高齢の場合はなかなかハードルが高いのです。
隣人
営農組合等の農業組織は法人組織と任意組織(非法人)があります。
任意組織(非法人)の場合、賃借権設定(利用権設定)はできますが、所有権移転はできません。
その場合は営農組合の構成員である個人と所有権移転をすることになります。
一番身近な隣人にまず相談する必要が生じてきます。
不動産業者
農地転用の場合は不動産業者に相談する必要があります。
また農地以外に宅地も一緒に処分したいときに不動産業者は頼りになります。
また地域の状況や土地の価格に精通しています。
農業委員会
役所の中に農業委員会事務局があります。
ここで農地法等の許認可事務をおこなっています。
手続きの方法について教えてくれます。
一般的な相談にはのってくれますが、農地の購入先の斡旋などはしてくれません。
農地調整をすることも農業委員会の業務の1つですが、現実的にはなかなか斡旋や調整はできないのが現実です。
農業委員
農業委員会には地区ごとに農業委員が配置されています。実際に農業をやっている人もいます。
担当地区の状況は農業委員会事務局より詳しいのです。
人にもよりますが、親身に相談にのってくれて、積極的に活動してくれる人もいます。
行政書士
農業委員会や法務局の書類を代筆し、代理申請もしてくれます。
農協
農協は営農指導の一環として農地の調整をしてくれるところがあります。農業者(耕作者)の立場で調整します。
直接農協の収入にならないため、消極的な農協もあります。
農地中間管理機構(農地バンク)
農地中間管理事業の推進に関する法律に基づいてできた組織です。
通称農地バンクと言われています。各都道府県の農業公社等の中にあります。
制度上は、自分で相手の農業者を見つける必要がありません。農地バンクが中間保有(所有、賃借)して農業者を見つけてくれます。
農地バンクを利用すると補助金が交付されることがあります。
現実にはなかなか農業者は見つからず、事前に農業者を見つけて利用しているのが実情です。
また、耕作放棄地になった農地は原則扱っていません。
処分相手はだれがよいのか?
農地として処分する場合
基本は現在の耕作者です。今回のケースでは営農組合にお願いすることです。
営農組合であればその地域の人が構成員ですがから、後々問題が生じることも少ないと思います。
所有権移転の場合、営農組合が法人であれば所有権移転できます。
法人でなければ営農組合の構成員に所有権移転することになります。
どちらにしても構成員が高齢化しており現在の農地を管理するので一杯で、新たな農地を持つことは、ほぼ無理かと思います。
構成員の中に自分より年下の人がいれば賃借権のままで妥協するしかありません。
どういうことかと言うと、自分より年上の人に賃借権で農地を預けると、自分が高齢になったときに、「もう農業ができないから農地を返す」と言われかねないからです。年上の人に預けるのは危険です。
次に農業委員会に相談して、地区の農業委員を紹介してもらいます。
農業委員はボランティアに近い存在ですからあまり無理なお願いはできませんが、農地を取得してい農業者を紹介してくれることがあります。
農業法人や認定農業者と言われる農業の担い手です。
所有権移転はむずかしくても、賃借権設定はありえます。
この場合も「自分より年下の人に譲渡できるか」が重要になってきます。
それでもだめなら農地バンクの利用です。農業委員会で手続きができますので相談してみましょう。
いずれにしてもポイントは自分より若い農業者に譲渡することです。特に賃借権設定はそうして下さい。理由は自分より年上のひとは、農業ができない場合返還される可能性があるためです。
農地以外の目的で処分する場合(農地転用)
不動産業者に相談しましょう。不動産業者は土地開発者は見つけてくれますが、農地転用については農業委員会と相談する必要があります。
農地転用の許可基準は相当細かく複雑です。開発計画が現実的なものでなければなりません。「いつか開発します」では許可になりません。
しっかりした計画書が必要になります。つまり「だれが」「どんな目的で」「いつ」「いくらで」といったことが計画書に記載されていなければなりません。本当に農地転用する必要があるのかが問われるわけです。
具体的に言えば「いくらで」の証拠書類として「事業費の明細」とその事業費の財源となる「預金残高証明書」「融資可能証明書」が必要になってきます。現実に実行可能かどうか審査されるわけです。
事業計画書は土地開発者が記載するものです。現実性のない計画書では許可されません。
また許可まで6ヶ月以上かかる場合がありますので早めに相談しましょう。
処分できなければどうなるのか?
賃借している農業者・営農組合が耕作できなくなると、耕作放棄地化する危険性があります。
隣接農地に迷惑が係ることにもなりますので絶対に避けるべきです。
耕作放棄地は中山間地域を中心にどこの地方でも発生しています。平成26年現在、日本の農地面積は452万haで耕作放棄地が42.3万haで耕作放棄地率は42.3/(452+42.3)×100=8.6%です。
おおよそ山梨県の面積が耕作放棄地です。
空き家と併せて耕作放棄地は社会問題化しており、一個人でなんとかなるといた問題ではなくなってきています。
現在貸されているのであれば、再契約をしてできるだけ継続することです。その間に、売却や無償譲与できる相手を見つけましょう。
今後の動向
最も気になるのが「地方移住」です。
都市から地方へ移住は2015年頃から出始めました。理由は
・地方の豊かな自然環境で過ごしたい
・自分が生まれた田舎にもどりたい
・都市圏の生活があっていない
といったことです。
個人的な考えですが都会の仕事の多忙さストレスにより田舎生活に憧れているように感じます。
このような理由を増長させるかのように、新型コロナウイルス感染拡大により、地方移住への関心が一層高まっています。アクションを起こす人の中には「農業を始めてみたい」と考える人も増えてきています。
各地で移住を進める取り組みが進んでいます。例えば
・地元不動産業者と協力した空き家や農地の紹介
・新規農業希望者と地域農業者の交流会など
少しづつですが取り組みが活発になってきています。
地元の市役所には住民も巻き込んだ移住協議会を設立しているところもあります。
そのようなところに顔をだすことにより思いがけない情報が見つかることがあります。
また東京有楽町駅前にある「NPO法人ふるさと回帰支援センター」には地域移住の情報がたくさんあります。
移住を考えていなくても、農地のある地域の移住情報を知ることにより、田んぼ処分の手がかりが見つかるかもしれません。
まとめ
農地処分はなかなかむずかしい問題です。農業の担い手は高齢化の一途をたどっています。
次の世代を担う人はほんの一握りです。だれも田んぼをする人がいなく耕作放棄地になるところが増えています。
4つの方法を示しましたが、現状ではこうすれば解決できる単純な方法はありません。
まずは、耕作者・隣人・不動産業者・農業委員会などと良好な関係を築くことです。現在農地を賃借しているであれば、できるだけ継続していき、その間に所有権移転できる相手を探しましょう。
日本全体の構造的な問題です。このままでは人口減少、少子化、高齢化が一層耕作放棄地を増加させます。国に抜本的な改革を求められます。