認知症などの病気によって判断能力が低下してくると、財産管理ができなくなってきます。
意思表示ができなくなると、資産が凍結されます。具体的に言うと本人の預金口座から出金することができなくなります。
調査したわけではありませんが、介護している家族がキャッシュカードを使って出金しているのが、一般的な実情でないかと推測されます。
しかし家族によるキャッシュカードによる出金はひとつ間違うと、親族間のトラブルになることがあります。
相続時に「生前勝手に親の口座からお金を使っていた。」などと言いがかりを言われかねないのです。
親のためだと思い親身になって介護をしていた者にとってはたまりません。
そのようなトラブルを未然に防止する方法のひとつが家族信託です。
簡単にいうと家族信託とは意思表示ができなくなった親に代わって財産を管理する方法の1つで、事後のトラブルを防止するために委託者(親)と受託者(子)で公正証書として家族信託契約を締結するものです。
判断能力の低下した者(親)の財産管理
判断能力が低下して自分の預金口座から出金できなくなった場合の現実的なステップ方法を見ていきます。
ポイントを上げるとすれば「❶ 口頭約束で世話人(子)が管理」「❷ 委任状を作成し金融機関に提出」「❸ 財産管理契約を締結」は親が意思表示できないと、無効であると判断されるということです。
「❹ 家族信託契約を締結」は契約締結時に親が意思表示できていれば、実行時に意思表示できていなくても有効です。
「❺ 成年後見制度を活用」は法律で定められた制度で、その中の法定後見制度は意思表示ができなくても有効です。
ただし厳格に内容が定められているため、実際の運用では柔軟性に欠けることが多々あり、あまり活用はされていません。
個々の詳細な点については別に記事を出しています。次の記事を参考にして下さい。
家族信託契約を締結し運用する
判断能力の低下した者(親)の財産を管理するのに一番現実的である家族信託契約について掘り下げていきます。
想定するのは認知症になった親に代わって子が金銭をスムーズに出金できるようにする方法です。
契約作成から運用までのステップ
- 信託契約の目的及び範囲を明確にする。
- 受託者を決定する。
- 信託契約の内容を明文化する。
- 公正証書にする。
- 信託口座を開設する。
前提条件としては「❹ 公正証書にする」までは親は判断能力がないと信託契約が無効になってしまいます。
わかりやすくするために信託契約書(案)を示します。
内容を見ながら説明を読んでいただければ理解が早まると思います。
信託契約書(案)
委託者〇〇(以下「甲」という。)及び受託者△△(以下「乙」という。)は、◯○○○年〇月○○日、以下のとおり信託契約を締結する。
第1条 (信託の目的)
本件信託は次条記載の金融資産(金銭)を信託財産として管理運用及び処分、その他当該目的達成のため必要な行為を行い、受益者の安定した生活の支援と福祉を確保することを目的とする。
第2条 (信託の設定及び信託財産)
甲は、乙に対し次の金融機関に預託している金銭の全額を信託財産として管理運用及び処分することを信託し、乙はこれを受託する。
金融機関名〇〇銀行○○支店
種別等 普通預金
口座名義 甲
第3条 (信託の終了)
本契約は、次の場合に終了する。
⑴ 甲または乙が死亡した場合
⑵ 信託財産が消滅した場合
第4条 (受益者)
この信託の受益者は甲とする。
第5条(信託財産の管理に必要な事項)
信託財産については、甲及び乙において信託に必要な換金等を行い、名義変更(記載、記録)または新たな信託専用口座による管理等を行うこととする。
2信託財産の保存、管理運用に必要な処置は、乙が行うものとする。
3 乙は、善良なる管理者の注意義務をもって信託財産の管理運用を行うものとし、信託財産については預金以外の投機的な運用は一切しないものとする。
4信託が終了したときは受託者は業務を終了し、残余の信託財産について信託修了時の受益者の相続人に法定相続分の割合で帰属させる。
第6条(報告)
乙は、受益者に対し、毎月信託財産の管理運用及び処分状況について報告するものとする。
第7条(信託報酬)
乙は目的達成のために管理及び処理したことに対して、毎月末までに金◯万円 を信託財産から受け取ることができる。
第8条(疑義)
本契約に定めのないことに関して疑義が生じた場合、その都度甲、受益者協議のうえ決定するものとする。
この契約の成立の証として、本契約書を2通作成し、甲乙各1通を保有するものとする。
◯年○月○日
甲 住所:
氏名: 印
乙 住所:
氏名: 印
信託契約の目的及び範囲を明確にする
親の判断能力がなくなって、以後の出金を子がいい加減にすると、色々問題が発生する恐れがあります。
問題が発生しないように信託契約の目的を明確にしておくことは最も重要な項目の1つです。
契約書(案)の第1条、第2条が該当します。
第1条では何のために信託契約を結ぶのかをわかりやすく記載しています。また金融資産(金銭)に限定しており、それ以外の不動産などは含まないこととしています。
第2条では金銭の限度額を示しています。また具体的な金融機関名、口座名義名を記載しています。
原則、普通口座の場合は口座名義は受託者になります。
契約(案)では受託者の普通口座の例を示しました。その他に「信託口口座」を開設する方法があります。
「信託口口座」は信託法に定められた方法で管理するための口座です。
信託契約を公正証書にすることが必須で普通口座より厳格に扱われます。
受託者を決定する。
第4条が該当します。第4条はあっさりと記述していますが、受託者を決めるのは慎重におこなう必要があります。
認知症などの病気により判断能力が低下していっても、信頼のおける人にお願いしたいです。
子に委託するのが一般的です。
子がいないとか、子がいても遠距離で別居している場合は身近で世話をしている方にお願いしたいところです。
法律(信託法)では未成年者が受託者になれないとだけ規定してあり、他人でも受託者になれます。
家族信託は金銭を扱うことになりますから、他人を受託者にすることは極力避けた方がいいです。
信託契約の内容を明文化する。
第3条 (信託の終了)、第5条(信託財産の管理に必要な事項)、第6条(報告)、第7条(信託報酬)で詳細な内容を記載しています。
委託者が判断能力があれば、各条文に不都合が発生すれば変更は可能ですが、判断能力がなくなってしまうと変更することは難しいので、慎重に内容を精査しておきましょう。
公正証書にする。
公正証書とは、私人からの嘱託により公証人がその権限に基づいて作成する公文書のことです。
一般の私文書に比べて、証明力や執行力などの効力が優れています。
公正証書の作成手順は概ね次のとおりです。
- 公証役場に出頭予約
- 公証役場に必要書類や手続きについて確認
- 当事者の身分確認資料の確認
- 家族信託の内容について聴取
- 公正証書の作成
- 公証人による読み聞かせや閲覧
- 公証人、出頭者の署名押印
- 公証役場に原本保存
- 正本を受託者に交付、謄本を委託者に交付
- 公証人手数料の支払い
出頭予約の時点で公証人にeメールやFaxで家族信託契約を送付して、事前調整をおこなうのが実情のようです。また期間は1週間から1ヶ月が必要になります。
なお、公証人手数料は公証人手数料令で次のとおり定められています。
番号 | 法律行為の 目的の価額 | 金 額 |
---|---|---|
一 | 百万円以下のもの | 五千円 |
二 | 百万円を超え 二百万円以下のもの | 七千円 |
三 | 二百万円を超え 五百万円以下のもの | 一万千円 |
四 | 五百万円を超え 千万円以下のもの | 一万七千円 |
五 | 千万円を超え 三千万円以下のもの | 二万三千円 |
六 | 三千万円を超え 五千万円以下のもの | 二万九千円 |
七 | 五千万円を超え一億円以下のもの | 四万三千円 |
八 | 一億円を超え 三億円以下のもの | 四万三千円に超過額五千万円までごとに一万三千円を加算した額 |
九 | 三億円を超え 十億円以下のもの | 九万五千円に超過額五千万円までごとに一万千円を加算した額 |
十 | 十億円を超えるもの | 二十四万九千円に超過額五千万円までごとに八千円を加算した額 |
信託口座を開設する
受託者個人用の通帳と信託財産用の通帳を分けて管理しなければなりません。
そのためには受託者名義で家族信託専用口座か信託口口座を開設する必要があります。
口座開設に当たって金融機関の審査を受ける必要があります。
ケースによっては公正証書の作成と同時におこなったほうが、スムーズにおこなえることもあります。
金融機関においても信託口口座の開設は不慣れな場合があります。
そのためのガイドラインが日本弁護士連合会から示されています。一読しておいた方がよいです。
まとめ
家族信託とは意思表示ができなくなった親に代わって財産を管理する方法の1つで、事後のトラブルを防止するために委託者(親)と受託者(子)で公正証書として家族信託契約を締結するものです。
【家族信託の手順】
- 信託契約の目的及び範囲を明確にする。
- 受託者を決定する。
- 信託契約の内容を明文化する。
- 公正証書にする。
- 信託口座を開設する。